#05「4階の部屋」—主演:フローリン・コート(ホワイトヘブン・マンション役) 名探偵ポワロ

The Third Floor Flat (5 February 1989)
Hercule Poirot: DAVID SUCHET
Captain Hastings: HUGH FRASER
Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON
Miss Lemon: PAULINE MORAN

「だいたいアタシが風邪を引いたのはその車に乗ったせいじゃないかと睨んでるんです」
「鳥は走りませんヘイスティングス。学校でそれくらいのことも習わなかったんですか君は」
体調が悪いうえに、ミス・レモンに変な民間療法をさせられて超絶不機嫌なポワロさん。ヘイスティングスへのアタリが強すぎます。

髪の毛ボサボサ(といえるほどの量はもはや残されておらず、さながら焼け野原のよう)なポワロさんのお姿はレア。死にそうなこの表情と相まってなかなか…。ただこんな状況でも口髭のセットだけは完璧です。


 このページは名探偵ポワロ「4階の部屋」を観た方に向けて書かれていて、事件の核心、犯人、動機、結末、オチ、ギャグなどに触れます。ですのでドラマ本編をご覧になったあとにお読みください。
このブログがはじめての方は 「ポワロと灰色の脳細胞」について からぜひ。 

あらすじや解説はこちらでどうぞ。
●名探偵ポワロ徹底解説
●「名探偵ポワロ」データベース
●旅行鞄にクリスティ

茫然自失と絶望と

お顔の表情だけで魅せるポワロさんの表現力が一級品なことはすでに皆さんご承知の通り。今回はそれに負けず劣らずヘイスティングスがすばらしかったです。

命の次に大切なラゴンダがなぜかこっちに向かって突進してきたときの顔。


命の次に大切なラゴンダがスクラップになってしまって、もうなにも考えられない状態のときの顔。
翌朝、命の次に大切なラゴンダの惨状を、明るいところで改めて確認してもう一度絶望したときの顔。


などなど。レギュラー出演陣の非原語的な表現、簡単にいえば顔芸がこのシリーズの大きな魅力のひとつになってきています。

ヘイスティングスの豊かな表情はなにもラゴンダ関連でだけ発揮されるわけじゃありません。賭けに負けたポワロさんがムキになって小切手を書こうとしてるときの、いろんな気持ちがないまぜになってるヘイスティングスもすごくよかったです。「あぁそうだ、思い出した、ポワロさんは一度いいだしたら絶対曲げないんだった」「なんで僕は軽はずみに賭けようなんていっちゃったんだ」「10ポンドなんて大金くれても逆に困るんだよな」「10シリングにしておけばよかった」心の声が聞こえてくるようです。


WHITEHAVE MANSIONS

ホワイトヘブン・マンションの中で事件が起きる今回は、シリーズ中で一番建物の外観や内部の様子が詳細に描かれました。劇中の建築やインテリアに興味があるファンの中には“このお話がベスト回”という方もたくさんいらっしゃるんじゃないでしょうか。

建物の内部は廊下、螺旋階段、エレベーターといった共有スペースだけでなく、居間、キッチンとそこにあるハッチ、石炭用リフトを経由して地下室までもつぶさに映ります。石造りの階段、透かしの入った手すり、エレベーターの扉、玄関ブザーのデザインといった細部がよく観察でき、そのしつらえのよさから高級な集合住宅の雰囲気を存分に感じとれます。

これまでのエピソードで映ったホワイトヘブン・マンションの外観は遠くから撮影されたものがほとんどでしたが、今回は建物にぐっと近づいたカットが多用されました。セットでは表現できない、実在の建物でロケをしたからこそのリッチな映像が次々と現れます。ダイナミックで重厚なデザインのエントランスを堪能できるし、望遠レンズで窓越しに部屋の中の様子を撮りながら、4階、5階、6階と順々に目線が上がっていくカメラワークも楽しい。建物を正面から見上げる、曲線が強調されたシンメトリックなカットは美しく、何度見てもほれぼれしてしまいます。


ついでにこちらはポワロさんのオフィス兼住居、56B号室の間取り図です。ネットで拾ったもので出所もよくわからないんですが。よかったらどうぞ。


不協和音

36B号室のグラント夫人から漂う粘っこい辛気臭さと、46B号室のパットとミルドレッドから溢れ出す無条件に明るく軽やかな空気とが、水と油のようにけっして交わらないことで生まれるアンビバレントな緊張感も、今作の魅力のひとつですね。死体で発見された瞬間アップになるグラント夫人の真っ青な顔と、そのときに聞こえてくる2人の楽しく無邪気な歌声との落差が象徴的でした。対位法で描かれることで、グラント夫人がいかに不幸せな人だったかが強烈に際立ちます。

作品の雰囲気作りに多大な貢献をしたミルドレッドは、途中で制作陣に存在を忘れられちゃったのか、後半すっかり登場しなくなったのがちょっとかわいそうでした。

幻の“気がついたら手に血がべったり”な演出

原作では、ドノバンとジミーは36B号室ですぐには死体に気づかず、46B号室に帰ったあとにジミーの手が血で汚れていることがわかって、もう一度36B号室に引き返して死体を発見するんだそうです。なんの気なしに見た自分の手に血がべったりついてた、ってジミーはめちゃくちゃゾッとしただろうな。気づかなかっただけでずっとそこにあったものを認識した瞬間に突如感じる恐怖と、そのあとに芽生える「え、てゆうか、コレいつからついてた?」っていう困惑。戦慄の表情をぜひ映像で見てみたかったな。実は僕も似たようなホラー体験をしたことがありまして。あるとき腕に違和感を覚えたので何気なくそちらに目を向けると、なんと、肘に大量のごはん粒がついてたんです。それはそれは衝撃的でした。しかもそのごはん粒がカピカピに乾燥してて。まさに「え、てゆうか、コレいつからついてた?」っていう、ね。あれは恐怖だったなあ。

メインテーマだったはずの殺人事件は…

グラント夫人が殺されたのは気の毒っちゃ気の毒。でも他人の気持ちなんておかまいなしの独り善がりな暴走女だったからあんまり同情の気持ちが湧いてこない。殺人犯のドノバンもまったく同じで、自分のことしか考えられないトンチキ野郎だから全然好きになれません。離婚するしないから引っ越し、殺人、犯行の隠匿にいたるまで、全部が身勝手で雑で行き当たりばったり。似た者同士の2人が騒いで周りの人たちが迷惑したっていう、取るに足らないお話でした。

本日の報酬

スコットランド・ヤードからの報酬だけで収入は少ないけど、ほんの数時間でちゃちゃっと解決できたからちょっとしたおこづかい稼ぎにはなったかな?と、思いきや。ひでえ目にあいました。ラゴンダを大破されたせいで、持ち主のヘイスティングスはもちろん、修理代を援助したポワロさんも大赤字です。ご愁傷様でした。

Comments