#01 「コックを捜せ」—ブチギレのポワロさんを愛でよう 名探偵ポワロ

The Adventure of the Clapham Cook (8 January 1989)
Hercule Poirot: DAVID SUCHET
Captain Hastings: HUGH FRASER
Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON
Miss Lemon: PAULINE MORAN

「なんたる仕打ちですか!そう簡単にこのポワロをクビにできると思っているのか!ノンッ!!私は断じて手を引かんぞ!答えは断固ノンだ!手数料1ギニー?ノン!費用は自分で出しますよ!いくら掛かろうと問題ではありません!断固事件の真相を突き止めるぅっ!! 」
目ん玉ひん剥いて、頭から湯気立てて、青筋ギンギンでカンカンのポワロさん。初回から絶好調ですね。


このページは名探偵ポワロ「コックを捜せ」を観た方に向けて書かれていて、事件の核心、犯人、動機、結末、オチ、ギャグなどに触れています。ですのでドラマ本編をご覧になったあとにお読みください。
このブログがはじめての方は 「ポワロと灰色の脳細胞」について からぜひ。

あらすじや解説はこちらでどうぞ。
●名探偵ポワロ徹底解説
●「名探偵ポワロ」データベース
●旅行鞄にクリスティ

いろいろと手探りな感のある Episode 1

あんなにキレるのは珍しいにしてもプリプリ怒ってるのはいつものことなんで、ポワロさんはまあ通常営業なご様子。ただ「名探偵ポワロ」の1編としてはかなり異色な印象です。冒頭で犯人の顔が映るし、その彼が再び登場するときにはいかにもおどろおどろしい劇伴が流れる。これほど犯人がモロバレな演出ってほかにはなかった気がします。依頼主が上流階級やお金持ちじゃないのもレアです。トッド氏は金融業にお務めだけど、夫人のお召し物や家の調度を見る限り“それなり”な感じがしちゃう。始まったばっかりの番組で制作費が集まらないから、このエピソードを初回に選んだのかもしれませんね。ロケ地や衣装にお金をかけずに済ませるために。そしてなにより美女が登場しないのが最大の違和感です。もちろん美女不在のエピソードはこれ以外にいくつもあるんだけど、初回としてはやっぱり物足りないっていうか。華やかな幕開けを期待しちゃってました。このお話がつまらなかったなんてことはないし、むしろ好きな回なんだけどね。ポワロさんは気難しさや神経質さを遺憾なく発揮するし、ヘイスティングス、ミス・レモン、ジャップ警部の4人が全員登場して人となりがよくわかるし、ヘイスティングスの愛車ラゴンダもちょろっと映るし、初回らしくて楽しい場面がたくさんありました。


桃の煮たの

今回のマドンナをあえて挙げるなら小間使いのアニーでしょうか。美人とはいえないかもしれないけど彼女の真っ直ぐなバカ感はすごくいい。それなりの歳なはずなのに、本気で奴隷商人の存在を信じてるのがかわいいです。きっとコックのイライザはいつも心配してたんでしょうね。アニーがバカだから。ホントに香水やお菓子に釣られて知らない人についてっちゃいそうだから。
「イライザが家を出る前、あなたにいった最後の言葉を覚えていますか?」
「たしか…食堂から桃の煮たのが手付かずで下げられたら、お夕食のときにいただきましょうよ。それにベーコンとポテトフライも。…って。」
桃の煮たの…。アニー、底抜けにバカだなー。そんなアニーになんとか作り笑顔で応じるポワロさん。でも飲み込みの悪いヘイスティングスにまで愛想笑いをする余裕はなく、厳しく睨みつけてしまいます。



本日のおしゃれ

まだポワロさんのキャラクター造形が定まっていないのか、彼にとっては髭に次ぐ第2のトレードマークともいうべき杖がアップでは映りませんでした。いつもの銀色白鳥の杖と木製大曲の傘が登場したんだけど、どっちもチラ見え程度。さみいしいかぎりです。以降は回を重ねるにつれて「今日の杖はこれ!」とばかりに、杖に目が留まるようなカットが挿入されるようになります。胸のブローチはばっちり映ってて、全編通して紫のお花が添えられてました。ぬかるみで自慢のエナメル靴が汚れるのを嫌がっていたポワロさん、イザベルの家を訪れたときには玄関に上がる前にちゃんと靴の泥を払ってましたね。


不愉快なトッド夫人

このお話はみんなずいぶん怒りっぽい印象があります。激高のポワロさんしかり、郵便局での聞き込みで局員の態度にカリカリしてたヘイスティングスしかり。トッド夫人はポワロさんに依頼を断られたときにお冠で嫌味炸裂だったし、ポワロさんが再訪してきたときも金切り声をあげてました。このときの夫人がすごかった。
「あなたよくも図々しくノコノコとここへ顔を出せたものね!」
 よくも。 図々しく。ノコノコと。似たような意味の言葉を3つ並べて罵倒。ずいぶんないわれようです。そしてそのあとに続く言葉もひどい。
「謝礼はお払いしました!それもたっぷりとです!」
謝礼?あんたたちが一方的に手紙に添えて送りつけてきた“手数料”のことかな?たっぷり?1ギニーがたっぷり?いや、1ギニーがどのくらいの価値かはよくわかりません。1935年前後の英国通貨を現代の日本円に当てはめて価値を計るのはすごく難しいようです。でも問題はそこじゃないんだよね(1ギニーはトッド夫妻にとっては大金、でもポワロさんにとっては取るに足らない額なのは明らかだけど)。“謝礼”が“たっぷり”かどうか判断するのはあんたじゃなくてポワロさんだよ。そもそも依頼を一方的にキャンセルすること自体が超失礼だし、その謝礼?手数料?キャンセル料?なんでもいいけど、その金額を相談なしに勝手に決めて送りつけるなんてありえないよ。あんたホントに不愉快な人だよ!ついでに酒を振る舞わないケチなトッド氏も不愉快な人だよ!

…失礼、ちょっと取り乱しました。つまり僕がいいたかったのは、トッド夫人を演じたブリジット・フォーサイスさんと此島愛子さんがとっても素敵な役者さんだってことです。


あの手紙を届けていれば

シリーズ1からシリーズ8まで一気観して、犯人の目線で物語を振り返る楽しさを知りました。犯人はどの時点で犯行を計画したのか?犯人はどこまで結果を想定していたのか?犯人にとってのハッピーエンドはどんなものだったか?もしポワロさんが現れなかったら計画は成功したのか?それともポワロさんの存在に関係なく破綻したのか?そもそも犯人はどんな人格だったんだ?なんてことを考えるのがとっても楽しい。それぞれのエピソードで僕が妄想した犯人の気持ちも書き留めておこうと思います。
 
犯人のシンプソンは人知れずイザベラの部屋に入って、そこにトランクがあることを確認してました。殺人とか窃盗とか関係なく、その時点で気持ち悪い。自分の家で堂々と殺人できちゃう感じも超気持ち悪いです。もし殺人を計画するなら自分の生活圏と離れたところでしたいと思うのが一般的だと思うんだけど。でも良い犯人か悪い犯人かでいえば、良い犯人でしょう。9万ポンドもの大金をせしめて南米へ。犯行は1回きりでバレるリスクが低いし、高飛びしたあとは自由の身。成功を期待できる計画だったと思います。

もしシンプソンが水曜日の夜、駅に向かう途中でイライザに書かせた“一筆”をトッド夫人にちゃんと届けてたらこの犯罪は成功してたんじゃないか、と思します。夫人は「遺産を相続するのでお暇をいただきます」 って手紙に納得できなかったとしても、イライザが家を去った理由が分かっていればポワロさんに依頼しなかったんじゃないかな。もしポワロさんが動いてなければ、警察がイライザ失踪と有価証券盗難の関連に気づくのはかなり遅れたはずだし、トランクの死体が発見されてシンプソンが疑われるころにはもうすでに出国できてたんじゃないかと思うけど、どうだろうか。ああ、シンプソン。あの手紙を届けてさえいれば…。詰めが甘かったな。残念。

ポワロさんに疑いの念を抱かせた“もみあげにアラビアゴムの跡”ってのがよくわからない。シンプソンが最後に変装したのは郵便局にトランクを預けた木曜日。 ポワロさんが訪れた金曜日の夕方までゴムのカスを顔につけたままだったの?それまで1回も顔を洗わなかったってこと?身なりの奇麗な銀行員が?ちょっと考えにくいなあ。シンプソンがラテックスアレルギーで肌がただれちゃってた可能性も考えたけど、それが付け髭変装に直結するのはかなり無理があるよね。うーむ、謎だ。なんにせよ、ポワロさんが介入してても付け髭がバレなきゃ上手くいったはず。いやあ、これは悔しいね。


本日の報酬

シリーズ1からシリーズ8まで観てひとつ気になったことがあります。もしかしてポワロさんはまともに稼げないことがけっこうあるんじゃない?って。ヘイスティングスとミス・レモンを動員して情報収集して、灰色の脳細胞をフル稼働してなんとか事件を解決したのに、依頼主が死んじゃってたり、たまたま事件と遭遇したせいでそもそも依頼主がいなかったりで、正当な報酬を得られてないこと、あるよね。そりゃ刑事事件に関われば警察からいくばくかの報酬はもらえるだろうけど、それだけじゃきっと立ち行かないはず。優秀な部下2人が不自由なく暮らせるだけのお給料を払い、一等地の高級マンションにあるオフィス兼住居を維持し、常にオーダーメイドで身なりを整え、灰色の脳細胞に十分な栄養を届けるために上等な食事を摂らなければなりません。汽車は一等、飛行機はファーストクラス、ホテルはスイートがお決まりだから経費も莫大です。一流の私立探偵であり続けるのには大金が掛かるんです。お金持ちの依頼主から高額な報酬を受け取ることがとっても大切。もしポワロさんがお金に困るようなことがあったら、と思うと僕は心配で心配で…。だから各エピソードで取りそびれがあるのかないのか、しっかり評価していきたいと思っております。

今回の依頼主から得られた報酬は明確、1ギニーです。ま、端金だよね。警察からの報酬もあるだろうけど安いもんでしょう。ただ劇中でジャップ警部がいってた通り、盗まれた有価証券を取り返せば銀行から賞金が出るようです。盗難額が9万ポンドなので賞金もかなり高額なはず。今回は十分な利益が得られたと見てよさそう。まずは一安心ですね。

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