#02 「ミューズ街の殺人」—中華風なジャズに心躍る 名探偵ポワロ

Murder in the Mews (15 January 1989)
Hercule Poirot: DAVID SUCHET
Captain Hastings: HUGH FRASER
Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON
Miss Lemon: PAULINE MORAN

中国人のクリーニング屋はシャツの糊を強くしすぎる。中国人のお嬢さんはミニ山笠みたいな薄っぺらの帽子をかぶってる。1930年代の英国人にとっては“あるある”なのか、それともドラマ制作陣のおふざけなのか、いまいちよくわかりません。でもなんだかヘンテコで笑えます。お話の本筋とは一切無関係にチャイナテイストがフィーチャーされた第2話。


このページは名探偵ポワロ「ミューズ街の殺人」を観た方に向けて書かれていて、事件の核心、犯人、動機、結末、オチ、ギャグなどに触れます。ですのでドラマ本編をご覧になったあとにお読みください。
このブログがはじめての方は 「ポワロと灰色の脳細胞」について からぜひ。

あらすじや解説はこちらでどうぞ。
●名探偵ポワロ徹底解説
●「名探偵ポワロ」データベース
●旅行鞄にクリスティ

“中華風”の話をもう少し、てゆうか、たっぷりと

ジャップ警部がユースタス少佐に話を聞くために訪れたナイトクラブのシークエンス。強烈なインパクトで、今回のメインテーマはもはやコレなんじゃないかってくらい。銅鑼ジョヮーンから始まるいかにも中華なイントロ、店の隅にひっそりたたずむ仏像っぽい彫刻、中華風に見えなくもない壁画、チャイナドレスとミニ山笠で着飾った白人のホステスたち。そのどれをとっても中途半端で嘘くさい。中華っぽさを醸したいのは伝わるけど、どうにもそう見えない。だけど。だけどこの独特の雰囲気、妙に惹きつけられます。

ステージの中央には華やかでセクシーなドレスを身につけ、ホステスたちとお揃いのペラペラ山笠をかぶり、中華風だかなんだかわからないピンクのイヤリングをした、エキゾチックなお顔立ちの黒人女性が。その歌声がとっても美しい。タイトルは"Hindustan"。ヒンドゥスタン、つまりはインドのことを歌った曲。ロンドンの中華風ナイトクラブでアフリカ系の歌手がインドを歌う。もう、なにがなんだか…。「名探偵ポワロ」は1930年代の英国の空気感が画面から滲み出てるのが大きな魅力。そんな中でこんなにデタラメで無国籍なムードを味わえるなんて。いやあ、楽しいね。

Hindustanは1918年にニューヨークのティン・パン・アレーで流行った曲だそうです。スウィング・ジャズ隆盛前夜のスタンダードって感じなのかな?当時の音源ではなさそうだけど、Bing CrosbyとRosemary Clooneyが歌うHindustanをどうぞ。


劇中では詞がちょっとアレンジされてて、こんな感じ。DVDの英語字幕はだいぶ間違ってるみたいです。

Here's a song, a tantalizing, ditty
The tune is catchy and the words are witty
Could be it's a country or a city
Is it Tokyo?
No, you gotta work South a little
Is it Kokomo?
No, you gotta work East now boys

Here's a clue, the setting's oriental
Has a native beat that's fundamental
That came way before the continental
Is is Mexico?
Nunca, nunca
Is it Borneo?
You're getting warmer, cos it's:

Hindustan, where we stopped to rest our tired caravan
Hindustan, where the painted peacock proudly spread his fan
Hindustan, where the purple sunbird flashed across the sand
Hindustan, where we met him and the world began

IMDb によると歌ってるのはMoya Ruskinさんという方のようです。女優じゃなくてプロの歌手みたいね。ググってもいまいち情報が出てこないから、いまはあんまり積極的に活動なさってないのかもしれません。YouTubeには楽屋っぽい所でMoon Riverを歌うプライベートビデオがあったので、ご興味ある方は検索してみてください。こちらの歌声もめちゃくちゃ美しいですよ。


ジェーンの機転と行動力

ユースタス少佐をハメて絞首台に送ろうとしたジェーンの罪は軽くないよな。法的な罰はたいしたことないかもしれないけど、自分の手を汚さずに人を殺そうとしたんだからかなり卑怯。でもお友だちの死に突然遭遇してすぐにそれを飲み込んで、警察を呼ぶまでの短い間に少佐に罪を着せる計画を立てられる機転、そして実際にそのための細工をやってのける行動力には目を見張ります。殺人はしてないから犯人とは呼べないかもしれないけど、まぁ良い犯人ですね。

しかもたまたま居間で見つけたカフスボタンを活用できちゃう柔軟性まであって。彼女にはあれが少佐のものだって確信はなかったんじゃないかな。じっくり考えるよりもひらめきで行動する天才肌って感じがする。少佐のものじゃなくても、とりあえず2階に落としておけば捜査が混乱してバレにくくなるはず!って直感的にやったでしょ。慎重さが足りなかったから後々あわてることになるんだけど、にしてもあの初動の早さは天晴れ。モチベーションが自分の欲じゃなくて大切なお友だちの復讐だったのも思い切りよく動けた理由のひとつかもね。

ゴルフクラブを捨てるためにゴルフ場にいったのは大失敗だったね。ゴルフのことはほとんど知らないけど、たぶん1人でゴルフ場を回るのってそれだけで超怪しいよね。そりゃポワロさんにはバレるわな。もう少し上手に処分できてたら、ちゃんと少佐を罰することができた気がするな。残念でした。

冒頭のガイ・フォークスのお祭は“罪悪か、それとも気高い行為か”という哲学的な問いの象徴として描かれてたんですね。なかなか重いパンチ。ヘイスティングスの「今夜は殺人にもってこい、ピストルの音が花火の音に紛れてわからない」なんて軽口にまやかされてすっかり油断してました。アイツの言葉は鵜呑みにしちゃだめだな。ポワロさんに「あなたは1人の人間の!命を!抹殺したいんですかッ!?」って詰め寄られたジェーンも相当こたえたはず。“抹殺”にものすごい力こもってましたね、ポワロさん。話はそれますが映画「Vフォー・ヴェンデッタ」のあのお面の元ネタがガイ・フォークスだそうです。英国では反骨のヒーローなんですって。

バーバラはホントに自殺するつもりだった?それとも…

銃を持ってた、てのが引っかかります。しかも携帯しやすくて女性にも扱いやすいポケットピストルを。しかもしかも、メッキボディとパールグリップのおしゃれなものを。imfdbによればフランス製のMAB Mode Aだそうです。

自殺なんて銃がなくてもできるし、もし自殺目的で銃を持つなら無骨な安物でいいはず。彼女は少佐を殺す気だったんじゃないかと勘ぐってます。殺す気だからあえて扱いやすい銃を手に入れて、いつも身につけてチャンスをうかがってたんじゃない?少佐という脅威に立ち向かうために、銃をお守—心の支えがにしたくて、高価で奇麗なものを選んだんじゃない?もともと死ぬつもりだったんじゃなくて、追いつめられて半ば衝動的に自分を撃っちゃったんじゃない?少佐を撃つはずだった銃で。


それにしてもすげえ美人だなあ。


退屈な男たち

良きにつけ悪しきにつけ個性的で興味を引く女性たちと比べると、男性出演陣は味気なくてさっぱり面白くない。ナイトクラブの雇われ支配人ユースタス少佐は元カノを脅して金を巻き上げるような小物。トルコ煙草をいちいち見せびらかすのとかもホント小さい。修理工場のハナタレ小僧にご自慢のスワローサルーンことオースチン・セブンを「たいした車じゃない」っていわれてたのはちょっとかわいそうだけど。アレ、歴史に残るいい車だよ。

レイバトン・ウエスト議員もどうしようもないよね。堂々と「バーバラは右利きだ」なんていってたけど、なにを根拠にそんなことを?あんたが結婚する相手だよ?いままでどこ見てたんだよ。あんたの目が節穴だったせいで捜査がちょっとだけ遠回りしちゃったじゃんか。こんなつまんない男を愛してしまったバーバラがかわいそう。彼のどこに魅せられたんだろう。命を賭してまで愛する値打ちがあったんだろうか…うん、あったんだろうな。男と女のことは他人にはわかんないもんね。余計なお世話でした。失礼しました。


本日のおしゃれ

今回のポワロさんのおしゃれは取り立てていうことないかなあ。杖のアップもなかったし。銀の白鳥の杖がちょろっと映った程度。あ、服に関しては前回「コックを捜せ」と同じものをお召しになってたんだけど、ベストやタイの合わせ方が違ってたね。着回しコーデが冴えてました。女子か。ブローチのお花は全編通して紫。前回もそうでした。もしかしてポワロさんは“1エピソード1お花”でやってるのかな?今後も注目してみましょう。


本日の報酬

今回の依頼はスコットランド・ヤードから。てゆうかジャップ警部に「見たかったら来れば?」みたいな軽いノリで誘われただけ。なので業務委託金的な報酬のみで高額報酬はナシ。このあとユースタス少佐の強請りについて捜査すれば多少の上乗せも期待できる?ポワロさんはそんなセコい事件はやらないか…。

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