#13 「消えた廃坑」—本部から全車へ、今だ!捕まえろ! 名探偵ポワロ

The Lost Mine (21 January 1990)
Hercule Poirot: DAVID SUCHET
Captain Hastings: HUGH FRASER
Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON
Miss Lemon: PAULINE MORAN

ブーツの駒が進むとの足元が映り、帽子の駒が進むとシルクハットを被った男の後姿に切り替わる。テーブル上のモノポリーと怪しげな正装の男のカットバックがたまらくかっこいいオープニング。ポワロさんとヘイスティングスが夢中になってたモノポリーは1935年の大ヒット作だそうです。以前シャツの糊が強すぎた件で襟を折ればいいといわれたときには「このポワロが流行りに左右されるとでも?」なんて豪語してましたけど、ゲームの流行にはしっかり乗るんですね。ヘイスティングスに大金を取られてカンカンに怒るくらい熱くなってました。「私もあなたのようにサイコロをふぅふぅ吹けばいいんですかね!」なんて声を裏返しちゃって。お札をキッチリ並べて収支をメモするのがいかにもポワロさんらしいです。あれがまさか不幸の原因になるなんて…。


このページは名探偵ポワロ「消えた廃坑」を観た方に向けて書かれていて、事件の核心、犯人、動機、結末、オチ、ギャグなどに触れます。ですのでドラマ本編をご覧になったあとにお読みください。
このブログがはじめての方は 「ポワロと灰色の脳細胞」について からぜひ。 

あらすじや解説はこちらでどうぞ。
●名探偵ポワロ徹底解説
●「名探偵ポワロ」データベース
●旅行鞄にクリスティ


指令本部

物語に登場するいろんな要素をオーバーラップさせて、作品に一体感を持たせる演出が印象的でした。事件の引き金になった銀鉱山からはじまり、モノポリー、株式投資、カジノのギャンブルと、まさに山師的な勝負事の熱気が作品全体を覆っています。“緻密さは軍隊並み”と称されるスコットランド・ヤード指令本部もそう。無線連絡を受けながら実際の警察車両の動きに合わせてミニカーを操作する様子は、ルーレットのディーラーがチップを捌く姿とそっくりです。


この指令本部、めちゃめちゃ好きです。薄暗がりでみんな同じ服装で、テクノロジーとレトロ感が混ざり合って、現実離れしたファンタジックな世界観。オペレーターは全員警察官のはずなのに、なぜか真っ赤な口紅に金髪の美女ばっかりなのも夢うつつな気分にさせてくれます。キアヌ・リーブス主演の映画「ジョン・ウィック」シリーズに登場するアカウント部の雰囲気とよく似てます。


ジャップ警部の無線指示に従って車が走り回る様子と、その位置情報をリアルタイムでマップ上に反映させる作業とが、交互に切り替わるシークエンスも超かっこいい。3台のミニカーが一点にギュッと集まるのと同時に、現実の車3台も猛スピードでY字路に集結する瞬間がスタイリッシュすぎて、僕はあのとき絶頂を迎えました。


倫敦華埠

「ミューズ街の殺人」の中華風ナイトクラブは取って付けたような適当さに惹きつけられましたが、今回のチャイナタウンは手間とお金がかけられていて本物の街のような喧騒が魅力です。クレーンのダイナミックなカメラワークが、生き生きとしてちょっと怪しい香りのする日常を見事に切り取ります。視線はケバケバしい女性たちがたむろする娼館の2階から通りを行き交う人々へ。その服装やヘアスタイルは往年の功夫映画を思い出させるくらいにリアルでした。1930年代の香港を舞台にしたジャッキー・チェン主演の「奇蹟/ミラクル」なんて、モロに地続きな感じがします。露店の商売も多種多様。鍋釜屋、軽食屋、古道具屋、小鳥屋、乾物屋…。床屋さんは路上で青年の頭を剃ってましたね。鏡を持って立ってる男の子が健気です。

レッド・ドラゴン・クラブの禍々しさ満点なムードも大変けっこうでした。人目をはばかる裏口みたいなエントランス、妖艶な中国提灯の光、エキゾチックな胡弓の音楽、大量の彫刻が施された壁、そして龍の赤い目。誰が見ても悪党の巣窟だとわかります。ここまでストレートに怪しいと逆に清々しい。ロンドン上海銀行の頭取、ピアソン卿はよくもあんな場所に出入りしてましたね。表社会の偉い人が入り浸ってちゃ絶対ダメじゃん。それすらわからなくなるほどギャンブルに溺れてたってことかな?彼は部下がウー・リン氏と間違えて連れてきた中国人に思わず「違う!」っていっちゃう迂闊な人だから、仕方ないのかもしれません。あの一言のせいで死体安置所での証言が嘘だと観客にまでバレました。お陰でミステリーとしては簡単に先が読めちゃったので、その意味でも責任は重いです。最後もあっけなくポワロさんの罠に掛かっちゃって、ピアソン卿は完全犯罪なんてできるタマじゃなかったようです。もし身の丈をわきまえてたらポワロさんに依頼するなんて危ない真似はしなかっただろうな。てゆうかなんでわざわざポワロさんを呼んだのか、理由がわかりません。レスターが怪しまれるようなお膳立てさえしっかりしておけば、警察がレスターを逮捕したかもしれないのに。ピアソン卿はやることが全部場当たり的で雑な感じがして好きになれません。よく銀行の頭取なんてやってこれたなあ。ロンドン上海銀行の経営は大丈夫なんでしょうか。ポワロさんは早めに取引銀行の変更を検討した方がいいかもしれませんね。

7年間もチャイナタウンの秘密結社を追ってきたジャップ警部はウー・リン氏殺害事件にはあんまり興味がなさそうで、秘密結社を捕らえることに気持ちが向いてましたね。その捜査はかなり強引で、通貨偽造犯ダイアーには弁護士に聞かれちゃ困るような尋問をするし、料理店では営業許可の更新をちらつかせて脅迫まがいのことまでしてました。レッド・ドラゴン・クラブではわざと「中国料理店のホーが言ったことを憶えてるか」なんて口を滑らせて、内部分裂を焚き付ける始末。これまで見せなかったジャップ警部のハードボイルドな一面がありありと映し出されます。ジャップ警部をあそこまで駆り立てたのは、やっぱり "It’s Chinatown." だからでしょうか。うん、忘れましょう。 


レスター夫妻

株式仲買人レスターはアヘン依存症の弱みにつけ込まれてウー・リン氏殺害の罪を着せられたかわいそうな人ですが、どうしてあんなに存在感がないんでしょう。顔も声も行動も、なぜか印象に残らないんですよね。ちょっとだけ登場した奥さんの方がまだ…いや、彼女もたいして存在感はなかったか(夫婦揃って影が薄くてなんだか気の毒)。たしか美人だった気がするけどいまいち思い出せません。花柄の服を着てたっけ?くらいです。「名探偵ポワロ」に出てくる花柄の服の女性って「砂に書かれた三角形」のあの人みたいにパッとしない陰気な人ばっかりで、あんまりいいイメージがないんですよね。奥さんを演じた女優さんは「メソポタミア殺人事件」でまた登場するので、そっちでの活躍を期待しましょう。


本日のおしゃれ

レッド・ドラゴン・クラブの支配人はほんのちょっとの出演で素晴らしいインパクトを残しましたね。やくざな稼業のはずなのに微笑みがとっても優しくて、襟足をきれいに刈り上げていて清潔感もある。艶っぽいアイメイクにぷるぷるの唇、チャーミングな金歯、そしてゴージャスなネイル。ジェンダーレスな柔らかい雰囲気と妖気が漂うようなアンダーグラウンド感が同居する、唯一無二の魅力を放ってました。彼のキャラクターはもっと掘り下げてほしかったな。


ウー・リン氏(ほんとはウー・リン氏になりすましたピアソン卿の共犯者だけど)の正装はかえって怪しさが増してて笑いました。あのオリエンタルな髭とモーニングやシルクハットは壊滅的に相性が悪いです。悪いことはなにもしてないはずなのに、あのビジュアルのせいで怪しい!って思っちゃいます。こんな風に人種をネタにした表現は昔の作品ならではですね。St.ジェームズ・ホテルにチェックインした男がアメリカのアクセントで話していたことから、ウー・リン氏とは別人だったと気づいたポワロさんはさすがです。英国領ビルマ出身のウー・リン氏は英国のアクセントなはずですからね。彼は宿帳に“35年8月2日”って書いてましたが、露店の大鍋からはもうもうと湯気が立ち、みんなロングコートを着込んでたのはいったいどういうことでしょう。いくらロンドンの緯度が高いからって真夏にそんな寒いことってある? 

ポワロさんは今回2着のベストを新調してました。銀色と紫で、それぞれ模様が織られていました。どっちも同じ柄のボウタイと合わせてましたね。あの派手な柄を上品に着こなせるポワロさんはやっぱりおしゃれの天才です。銀行に赴いたときのシルクハットも超お似合いでした。ポワロさんがこだわる“444ポンド4シリング4ペンス”にはどんな意味があるんでしょう。

本日の報酬

今回もまた犯人が依頼してくるパターンでした。これで4話連続です。犯罪を成功させたいならポワロさんに近づいちゃダメだって、犯罪者たちはいい加減気づくべきですね。次々に挑んでくるからご本人は閉口してるはずですよ。報酬はスコットランド・ヤードからのものだけ。赤字じゃないにせよ、利益の出ない状況が続くとさすがに苦しくなってきます。

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