#14 「コーンワルの毒殺事件」—どいつもこいつも 名探偵ポワロ
The Cornish Mystery (28 January 1990)
Hercule Poirot: DAVID SUCHET
Captain Hastings: HUGH FRASER
Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON
Miss Lemon: PAULINE MORAN
雨に濡れる窓から物憂げに外を眺めるポワロさん。表情が暗かったのは単純にヘイスティングスのヘンテコなヨガに呆れたからでしたが、雨はしとしとと降り続き、寒々しく陰鬱な空気は最後まで引きずられます。田舎特有の閉塞感と人々の排他的な気配がそれに拍車をかけました。
このページは名探偵ポワロ「コーンワルの毒殺事件」を観た方に向けて書かれていて、事件の核心、犯人、動機、結末、オチ、ギャグなどに触れます。ですのでドラマ本編をご覧になったあとにお読みください。「砂に書かれた三角形」と「エンドハウスの怪事件」にもちょっと触れています。
このブログがはじめての方は 「ポワロと灰色の脳細胞」について からぜひ。
あらすじや解説はこちらでどうぞ。
●名探偵ポワロ徹底解説
●「名探偵ポワロ」データベース
●旅行鞄にクリスティ
まずはペンゲリー夫人。姪の婚約者ラドナーを愛してしまったことも、それでいて夫の不倫は許さないことも、姪のフリーダに嫉妬して家を追い出したことも、責める気はありません。人を好きになったり憎んだりするのをコントロールできる人なんていませんから。でもフリーダが出ていった理由をポワロさんに聞かれて「わかりませんわ」と答えたり、フリーダとラドナーの関係についても「なにも!なにもありませんわ!」ってすぐにバレる嘘を平気でつく感じがすごく気持ち悪いです。本人は嘘をついてる自覚がないんだろうけど。この人、気に入らない現実は全部なかったことにして自分の妄想の世界に生きてる、ナチュラルにヤバい奴でした。「殺されそうで怖い」って一心でポワロさんに相談したっぽいけど、そうしたら自分に不都合なことも知られてしまうっていうことを想像できないんだろうな。そういうお花畑なタイプの人、超苦手です。初対面のポワロさんと話しているときに「黄色い髪のアバズレ」なんて言葉を平気でいえちゃう神経もキツい。相手がどう感じるか、自分がどう思われるかをイメージできない人が感情を垂れ流してるのを見るとゾッとします。あと、食事が怪しいなら食べるのやめなよ。それにつきるよ。
夫人が死んだのに無表情でだんまりを決め込んだペンゲリー氏は、なに考えてるかわからなくて不気味です。物語の中では責められてなかったけど、あんたちゃっかり金髪姉ちゃんと不倫してたんだよね。夫人が死んでめっちゃうれしかったんじゃん。遺産2万ポンドももらってウハウハだったんじゃん。なのになんだよそのムッツリ顔は。逮捕されたときも、裁判で不利な証言が出たときもムッツリ。黙ってないでなんかいえって。で、なぜかしれっと婚約発表。いや、金髪姉ちゃんと一緒になるのはあんたの勝手だよ。でもなんでわざわざあの状況で“発表”すんだよ。事件のことは黙るけど結婚のことは聞かれてないのに自分からアピールって、その平衡感覚が全然わからないよ。え、まさかみんなに祝福してもらえるかと思った?お前ろくなもんじゃねえな。てか、おい!黙ってねえでなんかいえよ!(返事なし)
Dr.アダムスは分が悪くなると大きな声を出して人を威圧する典型的なパワハラ体質ですが、とりあえずそこには目をつぶりましょう。医師の資質がないのが大問題でした。まったくポワロさんのいう通り。疑問を持たない医者は医者じゃありません。死刑執行人です。「豚のように強情」っていう例えは笑ったな。豚が強情なのかどうか知らないけど、悪口としては最高のパンチラインでした。そして彼は医師としての能力がないだけじゃなくて、純粋にバカなんですよね。「胃炎の症状はヒ素を盛られたときの症状とまったく同じ」っていう彼の言い分は公判で論理的に否定されたのに、なぜか引き下がらないんです。ただただ同じ主張を繰り返すんです。オウムみたいに。お話しになりません。傍聴していたヘイスティングスの「うわ、こいつダメだ」っていう戸惑いの表情がおかしかったです。
フリーダは…これといって悪いことはしてないね。けどあの陰気なオーラが不快です。はい次。
ラドナーの無理矢理口角を上げた笑顔は最高に胡散臭かったですね。あとペラペラしゃべりすぎ。第一印象がめちゃくちゃ怪しくて、事実やっぱり犯人でした!ってなんだよそれ。興醒めだよ。あんた人を殺したんだよ?捕まったら絞首台だよ?バレないようにもうちょっとがんばれよ。ポワロさんのハッタリにまんまと引っかかるバカさ加減もムカつくなあ。なに慌ててんだよ。鎌かけられることくらい最初から想定しとけよ。証拠は掴まれてないんだから堂々としてろよ。あと、夫人の食事に何度も除草剤を盛ったのはなぜ?そのせいで勘づかれちゃったじゃん。バレる前に一発で仕留めろよ。少量ずつチマチマ盛って致死量に達するみたいなタイプの殺人に憧れてたの?それなら夫人が体調の変化に気づかないくらいのごく微量で、年月をかけてじっくりやらなきゃダメ。しかも毒を混ぜる回数が多い分それを見られるリスクも増えるから、家族や同居人で料理を作る人じゃないと成り立たないよ。部外者のあんたには無理。そんな簡単なことがわからなかったの?計画的に人を殺すならもうちょっと勉強しないと。殺人者として準備が足りない、覚悟が足りない。こんな奴は犯罪する資格ナシです。
そして地味だけどすごく不愉快だったのはメイドのジェシー。「ご主人がオートミールに除草剤を入れるのを見た」って…純度100%の嘘をついてペンゲリー氏を陥れようとする意味がサッパリわからない。なに?上手くやった金髪姉ちゃんに嫉妬したの?なんかムカついたから暴れたのかな?いやあ、ありえないでしょ。世の中にとって君はただのモブなんだよ。モブの君がギャーギャー騒いでもメインキャラにはなれないんだよ。立場をわきまえなよ。そして君が無意味に暴れたせいでみんながすごく迷惑したんだよ。通勤ラッシュのまっただ中で電車が止まってるときに、なぜか改札で若い駅員さんに怒鳴り散らしてる厄介なおじさんいるじゃん。あれと同じ種類の不愉快さだよね。お前なにがしたいんだよ、お前がいきり立っても状況は変わらないよ、隅っこでジッとしてろよ、っていう。そして彼女もバカだから、きっと法廷で偽証するのは犯罪だってことがわかってないんだろうな。で、あとで判事に詰められたらどうせ「そんなつもりじゃなかったんですぅ」とかいって泣くんでしょ?まじ無理だわ。
…なんて悪口を延々と書き連ねまして、嫌な気持ちにさせてしまったらすみません。意地悪な物言いをしたんだけど、僕はこのエピソードが大好きなんですよね。登場人物に本気でムカついたはこの作品がよくできてるからだと思います。「ベールをかけた女」みたいなコメディ全開の作品があったと思ったら、今回みたいにねちっこく人間の嫌な部分を炙り出す作品まである。この振り幅の大きさは「名探偵ポワロ」の魅力のひとつです。観客を飽きさせないように演出を工夫して毎回テイストの違った作品を仕上げる。でも基本軸はブレないからシリーズとして成立してる。このギリギリを攻める絶妙なバランスに心を掴まれます。アイディアを出し合ってこんな風に変化をつけると制作陣や役者さんたちもやって楽しいだろうなと思います。
今回はじっとり静かな雰囲気なんでひとつひとつの趣向は目立ちませんが、かなり丁寧に作り込まれてると思います。村人たちはポワロさんを無言でジロジロ見るけど挨拶の返事はしないとか、夫人の弁護士が「昼までに事務所に戻りたい」って自分の都合を主張しだすとか、観客をイラっとさせる要素があちこちにちりばめられてました。ときどき挟まれるコメディやミス・レモンがのんきに占いをするサイドストーリーは意図的に静かな調子で描かれました。そしてずっと雨が降り続いてました。そういう細かな演出を積み重ねて“人の嫌な部分、汚い部分を暗いトーンで描く”っていう全体像を形作ってます。冒頭の“雨を眺める冴えない顔のポワロさん”は、今回はこの感じでいきますよ!っていう宣言とも取れますね。
役者さんたちの表現力もすごい。観客のみんなが共感するリアルな描写で作品の空気感を作ってました。ペンゲリー氏の曖昧な表情が醸す不気味さも、Dr.アダムスの人の話を遮って繰り出す怒号の鬱陶しさも「こういう奴、いるいる!」って思わず笑っちゃうでしょ。メイドのジェシーの猫背でせせこましい佇まいなんて一級品の不愉快さでしたよ。そこにいるだけでムカついてくるっていう。好感度なんてまったく気にしないでキャラクターに徹する俳優さんたちに拍手を送りたいです。
登場時間がいつもより長いわけじゃないのに、今回のジャップ警部は特に好印象な気がします。飲食シーンが多かったからかもしれません。“フード理論”によれば、ものを口にする姿を見るだけで観客はそのキャラクターに心を許せるようになります。それが美味しそうならなおさら。今回のジャップ警部は琺瑯のカップでお茶を飲み、パイントグラスでビールを飲み、“ロンドンじゃ食べられない”パイを買い食いしてました。飲食シーンが極端に少ないこのシリーズで、3回も飲み食いするのは異例です。こんなことされたらもう好きにならずにはいられません。
最後の「ポワロめ!」もよかったなあ。拳を突き上げて声を荒げてるのに全然怒ってない。そりゃポワロさんに出し抜かれたのは残念でしょうけど、それはいつものことで気にしてません。あのポーズはラドナーの自白を隠したまま帰ろうとするポワロさんへのツッコミというか目配せというか、合図でした。ポワロさんのために怒ってみせてあげたんですよね。優しい茶目っ気でした。
それにしてもヘイスティングスはお手柄でしたね。あんなに機転が利くなんて。ポワロさんはインド料理のお陰っていってたけどほんとの理由はなんだったんだろう、なんて感心してた矢先、裁判所の役人に「実は彼に24時間の猶予を与えるって約束したんですよお」とかいいだしてずっこけました。冴えてたのはほんの一瞬。あっという間に元のトンチンカンなヘイスティングスに戻ってしまいました。
今回の目玉は傘と杖のダブル持ちが見れたことですね。傘は初登場の銀製大曲グリップでした。高級感とフォーマル感が溢れて超かっこいい。杖はいつもの白鳥グリップ。同じ銀でも雰囲気が違ってその対比が面白い。ダブルで持ってるのはお得感があってうれしいです。今後はなんとトリプル持ちも出てきますよ。お楽しみに。
アメリカ、英国、ヨーロッパ、インド、韓国など、日本に入ってくる海外の映像作品では、どんな宗教でもそのお祈りに触れる場合、文言は正確に表現します。その宗教に敬意を払うとか、信者からのクレームがこないようするにとか、そういう“道徳的”なレベルの話じゃなくて、作品の質を保つためにそうしています。お祈りの文言に限らず、どの宗教、教派にフォーカスしているかをはっきりさせることで物語に真実味が生まれます。構成上必要なので宗教を正しく描写することに注意を払っています。逆にそこが曖昧だったりちぐはぐだったりすると、作品自体が一気に陳腐で安っぽくなってしまいます。なのに日本語訳はなぜかデタラメなものばっかり。例えば「神父」と「牧師」を混同して訳している作品はごまんとあります。翻訳家に知識がないとか、言葉のリズムが口の動きに合わないとか、字幕なら字数が合わないとか、いろいろと事情もあるんでしょう。でも、そもそも日本語訳を作る配給会社や翻訳家には、作品で描かれた宗教や教派を正しく伝えようという意識がありません。不誠実な翻訳が作品のリアリティを殺しているという自覚がないからだと思います。これを放置するのはいただけません。対策は簡単です。“宗教用語やお祈りはその宗教、教派が認めている日本語訳を使う”というガイドラインを作って、それに従って翻訳すればいいんです。たったそれだけで作品の質が保てるんだからやればいいのに、っていつも思います。宗教に対する姿勢をどうこういいたいんじゃないんです。せっかくクリエイターが細部まで丁寧に作り込んだ作品を、日本語の翻訳が台無しにするのを見たくないんですよね。これとまったく同じ理由で、原語ではコカインやヘロインや覚醒剤や大麻を明確に分けて描いてるのに、全部ひっくるめて“ヤク”って翻訳してる大ざっぱな日本語版を見るとガッカリするし(ハリウッド映画にめちゃくちゃ多いです)、最近よく見られる、YouTubeを“動画サイト”、twitterは“SNS”みたいに特定の企業やブランドをわざとぼかす訳し方も好きになれません(これには別の事情もありそうですけど)。リアリティって細部に宿るんですよね。
キリスト教の中で一番メジャーな「主の祈り」の内容自体はどの教派でも一緒ですが、文言は違います。なので「主の祈り」を聞けば(読めば)簡単に教派を見分けられます。 ペンゲリー夫人の葬儀は英国聖公会の教会で行われました。原語版では「主の祈り」を聞くと聖公会だとわかるようになっています。ところが吹き替え版で聞こえてくる「主の祈り」はプロテスタント訳と呼ばれるもので、聖公会のものじゃありません。教派が違うんです。そして字幕版にいたっては実在しない「主の祈り風の何か」が唱えられるので、聖公会なのかプロテスタントなのかカトリックなのかサッパリわかりません。
「名探偵ポワロ」シリーズではその人がどの教派に属しているのかを背景まで含めてしっかり設定しているし、「砂に書かれた三角形」みたいにそれ自体が謎を解く鍵になることもあります。作品が表現している通りに日本語訳をして欲しいなって思います。
Hercule Poirot: DAVID SUCHET
Captain Hastings: HUGH FRASER
Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON
Miss Lemon: PAULINE MORAN
雨に濡れる窓から物憂げに外を眺めるポワロさん。表情が暗かったのは単純にヘイスティングスのヘンテコなヨガに呆れたからでしたが、雨はしとしとと降り続き、寒々しく陰鬱な空気は最後まで引きずられます。田舎特有の閉塞感と人々の排他的な気配がそれに拍車をかけました。
このページは名探偵ポワロ「コーンワルの毒殺事件」を観た方に向けて書かれていて、事件の核心、犯人、動機、結末、オチ、ギャグなどに触れます。ですのでドラマ本編をご覧になったあとにお読みください。「砂に書かれた三角形」と「エンドハウスの怪事件」にもちょっと触れています。
このブログがはじめての方は 「ポワロと灰色の脳細胞」について からぜひ。
あらすじや解説はこちらでどうぞ。
●名探偵ポワロ徹底解説
●「名探偵ポワロ」データベース
●旅行鞄にクリスティ
どいつもこいつもいけ好かない
このエピソードが陰々滅々としている一番の理由は、コーンワルの奴らがことごとく不愉快だからでしょうね。なにがどう不愉快だったか順にご紹介していきましょう。まずはペンゲリー夫人。姪の婚約者ラドナーを愛してしまったことも、それでいて夫の不倫は許さないことも、姪のフリーダに嫉妬して家を追い出したことも、責める気はありません。人を好きになったり憎んだりするのをコントロールできる人なんていませんから。でもフリーダが出ていった理由をポワロさんに聞かれて「わかりませんわ」と答えたり、フリーダとラドナーの関係についても「なにも!なにもありませんわ!」ってすぐにバレる嘘を平気でつく感じがすごく気持ち悪いです。本人は嘘をついてる自覚がないんだろうけど。この人、気に入らない現実は全部なかったことにして自分の妄想の世界に生きてる、ナチュラルにヤバい奴でした。「殺されそうで怖い」って一心でポワロさんに相談したっぽいけど、そうしたら自分に不都合なことも知られてしまうっていうことを想像できないんだろうな。そういうお花畑なタイプの人、超苦手です。初対面のポワロさんと話しているときに「黄色い髪のアバズレ」なんて言葉を平気でいえちゃう神経もキツい。相手がどう感じるか、自分がどう思われるかをイメージできない人が感情を垂れ流してるのを見るとゾッとします。あと、食事が怪しいなら食べるのやめなよ。それにつきるよ。
夫人が死んだのに無表情でだんまりを決め込んだペンゲリー氏は、なに考えてるかわからなくて不気味です。物語の中では責められてなかったけど、あんたちゃっかり金髪姉ちゃんと不倫してたんだよね。夫人が死んでめっちゃうれしかったんじゃん。遺産2万ポンドももらってウハウハだったんじゃん。なのになんだよそのムッツリ顔は。逮捕されたときも、裁判で不利な証言が出たときもムッツリ。黙ってないでなんかいえって。で、なぜかしれっと婚約発表。いや、金髪姉ちゃんと一緒になるのはあんたの勝手だよ。でもなんでわざわざあの状況で“発表”すんだよ。事件のことは黙るけど結婚のことは聞かれてないのに自分からアピールって、その平衡感覚が全然わからないよ。え、まさかみんなに祝福してもらえるかと思った?お前ろくなもんじゃねえな。てか、おい!黙ってねえでなんかいえよ!(返事なし)
Dr.アダムスは分が悪くなると大きな声を出して人を威圧する典型的なパワハラ体質ですが、とりあえずそこには目をつぶりましょう。医師の資質がないのが大問題でした。まったくポワロさんのいう通り。疑問を持たない医者は医者じゃありません。死刑執行人です。「豚のように強情」っていう例えは笑ったな。豚が強情なのかどうか知らないけど、悪口としては最高のパンチラインでした。そして彼は医師としての能力がないだけじゃなくて、純粋にバカなんですよね。「胃炎の症状はヒ素を盛られたときの症状とまったく同じ」っていう彼の言い分は公判で論理的に否定されたのに、なぜか引き下がらないんです。ただただ同じ主張を繰り返すんです。オウムみたいに。お話しになりません。傍聴していたヘイスティングスの「うわ、こいつダメだ」っていう戸惑いの表情がおかしかったです。
フリーダは…これといって悪いことはしてないね。けどあの陰気なオーラが不快です。はい次。
ラドナーの無理矢理口角を上げた笑顔は最高に胡散臭かったですね。あとペラペラしゃべりすぎ。第一印象がめちゃくちゃ怪しくて、事実やっぱり犯人でした!ってなんだよそれ。興醒めだよ。あんた人を殺したんだよ?捕まったら絞首台だよ?バレないようにもうちょっとがんばれよ。ポワロさんのハッタリにまんまと引っかかるバカさ加減もムカつくなあ。なに慌ててんだよ。鎌かけられることくらい最初から想定しとけよ。証拠は掴まれてないんだから堂々としてろよ。あと、夫人の食事に何度も除草剤を盛ったのはなぜ?そのせいで勘づかれちゃったじゃん。バレる前に一発で仕留めろよ。少量ずつチマチマ盛って致死量に達するみたいなタイプの殺人に憧れてたの?それなら夫人が体調の変化に気づかないくらいのごく微量で、年月をかけてじっくりやらなきゃダメ。しかも毒を混ぜる回数が多い分それを見られるリスクも増えるから、家族や同居人で料理を作る人じゃないと成り立たないよ。部外者のあんたには無理。そんな簡単なことがわからなかったの?計画的に人を殺すならもうちょっと勉強しないと。殺人者として準備が足りない、覚悟が足りない。こんな奴は犯罪する資格ナシです。
そして地味だけどすごく不愉快だったのはメイドのジェシー。「ご主人がオートミールに除草剤を入れるのを見た」って…純度100%の嘘をついてペンゲリー氏を陥れようとする意味がサッパリわからない。なに?上手くやった金髪姉ちゃんに嫉妬したの?なんかムカついたから暴れたのかな?いやあ、ありえないでしょ。世の中にとって君はただのモブなんだよ。モブの君がギャーギャー騒いでもメインキャラにはなれないんだよ。立場をわきまえなよ。そして君が無意味に暴れたせいでみんながすごく迷惑したんだよ。通勤ラッシュのまっただ中で電車が止まってるときに、なぜか改札で若い駅員さんに怒鳴り散らしてる厄介なおじさんいるじゃん。あれと同じ種類の不愉快さだよね。お前なにがしたいんだよ、お前がいきり立っても状況は変わらないよ、隅っこでジッとしてろよ、っていう。そして彼女もバカだから、きっと法廷で偽証するのは犯罪だってことがわかってないんだろうな。で、あとで判事に詰められたらどうせ「そんなつもりじゃなかったんですぅ」とかいって泣くんでしょ?まじ無理だわ。
…なんて悪口を延々と書き連ねまして、嫌な気持ちにさせてしまったらすみません。意地悪な物言いをしたんだけど、僕はこのエピソードが大好きなんですよね。登場人物に本気でムカついたはこの作品がよくできてるからだと思います。「ベールをかけた女」みたいなコメディ全開の作品があったと思ったら、今回みたいにねちっこく人間の嫌な部分を炙り出す作品まである。この振り幅の大きさは「名探偵ポワロ」の魅力のひとつです。観客を飽きさせないように演出を工夫して毎回テイストの違った作品を仕上げる。でも基本軸はブレないからシリーズとして成立してる。このギリギリを攻める絶妙なバランスに心を掴まれます。アイディアを出し合ってこんな風に変化をつけると制作陣や役者さんたちもやって楽しいだろうなと思います。
今回はじっとり静かな雰囲気なんでひとつひとつの趣向は目立ちませんが、かなり丁寧に作り込まれてると思います。村人たちはポワロさんを無言でジロジロ見るけど挨拶の返事はしないとか、夫人の弁護士が「昼までに事務所に戻りたい」って自分の都合を主張しだすとか、観客をイラっとさせる要素があちこちにちりばめられてました。ときどき挟まれるコメディやミス・レモンがのんきに占いをするサイドストーリーは意図的に静かな調子で描かれました。そしてずっと雨が降り続いてました。そういう細かな演出を積み重ねて“人の嫌な部分、汚い部分を暗いトーンで描く”っていう全体像を形作ってます。冒頭の“雨を眺める冴えない顔のポワロさん”は、今回はこの感じでいきますよ!っていう宣言とも取れますね。
役者さんたちの表現力もすごい。観客のみんなが共感するリアルな描写で作品の空気感を作ってました。ペンゲリー氏の曖昧な表情が醸す不気味さも、Dr.アダムスの人の話を遮って繰り出す怒号の鬱陶しさも「こういう奴、いるいる!」って思わず笑っちゃうでしょ。メイドのジェシーの猫背でせせこましい佇まいなんて一級品の不愉快さでしたよ。そこにいるだけでムカついてくるっていう。好感度なんてまったく気にしないでキャラクターに徹する俳優さんたちに拍手を送りたいです。
もの食うジャップ警部
今回は全体感が鈍くて重い反面、ジャップ警部のかわいらしさが目立ってましたね。この辺のバランス感覚も鋭いです。パブでお昼を食べるジャップ警部。ポワロさんが現れて「いやですよ、たまには私ひとりでやらせてくださいよ」ってこぼしてました。この「いやですよ」の声色がすごくいい。ほんとに嫌がってるんじゃなくて「お、また来たな」って感じの。そのあとすぐにポワロさんに感化されちゃって「姪を調べるべきですかねえ」なんていってました。登場時間がいつもより長いわけじゃないのに、今回のジャップ警部は特に好印象な気がします。飲食シーンが多かったからかもしれません。“フード理論”によれば、ものを口にする姿を見るだけで観客はそのキャラクターに心を許せるようになります。それが美味しそうならなおさら。今回のジャップ警部は琺瑯のカップでお茶を飲み、パイントグラスでビールを飲み、“ロンドンじゃ食べられない”パイを買い食いしてました。飲食シーンが極端に少ないこのシリーズで、3回も飲み食いするのは異例です。こんなことされたらもう好きにならずにはいられません。
最後の「ポワロめ!」もよかったなあ。拳を突き上げて声を荒げてるのに全然怒ってない。そりゃポワロさんに出し抜かれたのは残念でしょうけど、それはいつものことで気にしてません。あのポーズはラドナーの自白を隠したまま帰ろうとするポワロさんへのツッコミというか目配せというか、合図でした。ポワロさんのために怒ってみせてあげたんですよね。優しい茶目っ気でした。
ポワロさんのハッタリ
ハッタリをかまして犯人に自白させるのはポワロさんがよく使う手で、今回も鮮やかでしたね。直前に不安を煽ってプレッシャーをかけるのがミソ。ポワロさんが背を向けて紙になにやら書いている横で、段々青ざめていくラドナーを見るのは快感です。ポワロさんの気迫に怖じ気づいてあっけなく自供しちゃいました。上でもちょっと触れたけど、ポワロさんの推理がどんなに的確だったとしても、証拠はなにもないんですよね。もしラドナーが冷静になってしまったらそこに気づかれます。だからこそポワロさんはものすごい圧で迫って考える余地を与えません。一度きりのチャンスを逃さず、強引な力技でしっかり落としました。相手が「エンドハウスの怪事件」の犯人みたいに賢い人だったらこの作戦は使えなかったはず。きっと見抜かれてかわされます。ラドナーがバカで助かりました。それにしてもヘイスティングスはお手柄でしたね。あんなに機転が利くなんて。ポワロさんはインド料理のお陰っていってたけどほんとの理由はなんだったんだろう、なんて感心してた矢先、裁判所の役人に「実は彼に24時間の猶予を与えるって約束したんですよお」とかいいだしてずっこけました。冴えてたのはほんの一瞬。あっという間に元のトンチンカンなヘイスティングスに戻ってしまいました。
本日のおしゃれ
目新しいお召し物はありませんでした。強いていうならブルーをベースにしたペイズリー柄のガウンが久しぶりに登場したくらい。ゴールドのベストと黒いジャケットと紫のお花の鉄板コーディネーションは今回もかっこよかったです。雨で薄暗い場面だとちょっと違った印象になりますね。今回の目玉は傘と杖のダブル持ちが見れたことですね。傘は初登場の銀製大曲グリップでした。高級感とフォーマル感が溢れて超かっこいい。杖はいつもの白鳥グリップ。同じ銀でも雰囲気が違ってその対比が面白い。ダブルで持ってるのはお得感があってうれしいです。今後はなんとトリプル持ちも出てきますよ。お楽しみに。
本日の報酬
依頼人のペンゲリー夫人は早々に死んじゃいました。2万ポンドもの遺産を相続した夫に請求すれば払ってもらえるかな?ポワロさんは中盤からそれを見越して行動してた気がします。「ペンゲリー氏を助ける」とかいっちゃって。あいつもろくなもんじゃないんだけどね。殺人事件の捜査としては犯人を特定できたから、スコットランド・ヤードからの報酬はいつも通りもらえるでしょう。お祈りの日本語訳
ペンゲリー夫人の葬儀で聞こえたお祈りの日本語訳が間違ってるのが気になりました。ただ、実はキリスト教のお祈りの訳がいい加減なのはこのシリーズに限りません。というよりも、海外の映像作品でお祈りが正しく翻訳されているものはほぼないんじゃないかと思います。なのであれこれいうのは野暮なのかもしれませんが…。アメリカ、英国、ヨーロッパ、インド、韓国など、日本に入ってくる海外の映像作品では、どんな宗教でもそのお祈りに触れる場合、文言は正確に表現します。その宗教に敬意を払うとか、信者からのクレームがこないようするにとか、そういう“道徳的”なレベルの話じゃなくて、作品の質を保つためにそうしています。お祈りの文言に限らず、どの宗教、教派にフォーカスしているかをはっきりさせることで物語に真実味が生まれます。構成上必要なので宗教を正しく描写することに注意を払っています。逆にそこが曖昧だったりちぐはぐだったりすると、作品自体が一気に陳腐で安っぽくなってしまいます。なのに日本語訳はなぜかデタラメなものばっかり。例えば「神父」と「牧師」を混同して訳している作品はごまんとあります。翻訳家に知識がないとか、言葉のリズムが口の動きに合わないとか、字幕なら字数が合わないとか、いろいろと事情もあるんでしょう。でも、そもそも日本語訳を作る配給会社や翻訳家には、作品で描かれた宗教や教派を正しく伝えようという意識がありません。不誠実な翻訳が作品のリアリティを殺しているという自覚がないからだと思います。これを放置するのはいただけません。対策は簡単です。“宗教用語やお祈りはその宗教、教派が認めている日本語訳を使う”というガイドラインを作って、それに従って翻訳すればいいんです。たったそれだけで作品の質が保てるんだからやればいいのに、っていつも思います。宗教に対する姿勢をどうこういいたいんじゃないんです。せっかくクリエイターが細部まで丁寧に作り込んだ作品を、日本語の翻訳が台無しにするのを見たくないんですよね。これとまったく同じ理由で、原語ではコカインやヘロインや覚醒剤や大麻を明確に分けて描いてるのに、全部ひっくるめて“ヤク”って翻訳してる大ざっぱな日本語版を見るとガッカリするし(ハリウッド映画にめちゃくちゃ多いです)、最近よく見られる、YouTubeを“動画サイト”、twitterは“SNS”みたいに特定の企業やブランドをわざとぼかす訳し方も好きになれません(これには別の事情もありそうですけど)。リアリティって細部に宿るんですよね。
キリスト教の中で一番メジャーな「主の祈り」の内容自体はどの教派でも一緒ですが、文言は違います。なので「主の祈り」を聞けば(読めば)簡単に教派を見分けられます。 ペンゲリー夫人の葬儀は英国聖公会の教会で行われました。原語版では「主の祈り」を聞くと聖公会だとわかるようになっています。ところが吹き替え版で聞こえてくる「主の祈り」はプロテスタント訳と呼ばれるもので、聖公会のものじゃありません。教派が違うんです。そして字幕版にいたっては実在しない「主の祈り風の何か」が唱えられるので、聖公会なのかプロテスタントなのかカトリックなのかサッパリわかりません。
「名探偵ポワロ」シリーズではその人がどの教派に属しているのかを背景まで含めてしっかり設定しているし、「砂に書かれた三角形」みたいにそれ自体が謎を解く鍵になることもあります。作品が表現している通りに日本語訳をして欲しいなって思います。
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